古書や骨董が好きです。歴史など調べるのことが好きですが、結構あきっぽく中途半端です。素人ですが、見たこと、聞いたこと忘れないうちに書いておきたいと思います。
by ふく
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高塚山が壊されて...

阪急神戸線の北側、西宮市と芦屋市の市境の西宮側にある小さな山は高塚山とよばれています。山の南側は公園になっていますが、実は個人所有で持ち主の家がありました。

seitaroさんが「須賀敦子が少女時代をすごした夙川の家」を紹介されていますが、そのすぐ裏山にあたります。高所から見ると、緑の残る貴重な場所です。
http://goo.gl/08mSs

ところが、きょう芦屋からの帰りに、いかりスーパー芦屋店の北側の南北の道を東に走っていると、あれ?つきあたりにあったはずの緑の森がなくなっています。おそるおそる近寄ってみると、あれれ、森の一部が壊され宅地になっているではありませんか。

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この写真の正面は東側ですので造成地の中央部は殿山町に抜けていると思います。


なんだかこの下の文書が関係ありそうですが、住民監査請求のようなものでしょうか。
http://michie-net.com/pdf/20120120.pdf
そして、どうやら監査請求は却下されたようです。
http://www.nishi.or.jp/media/2011/kansaseikyu44.pdf

おそらく来年の秋には立派な100個に近い数の集合住宅がつき
住民が数百人増えることでしょう。


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不動産屋さんのブログには以下のようにあります。
http://www.apamanshop-hyogo.com/28009215/915080

住んでいる人にとっては、緑が多く静かで住みやすい場所ですが、
住んでいない人、宅地を斡旋する人にとっては、
住民の少ない場所なので、開発してしまいたい場所となり、
利益は相反します。

ということですが、気になるのはここにあったという古墳のことです。
兵庫県考古博物館作成の地図によれば三基の古墳があり、うち二基は破壊されてしまって消滅しています。一基はのこっているようですが、大丈夫でしょうか。
http://www.hyogo-koukohaku.jp/guidance/pdf/map096.pdf

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こちらは東に向かって左手、北側の写真です。

田岡香逸先生の『西宮地名考』によれば、残存している東高塚は西側の斜面が削り撮られ、まさに崩壊寸前とありますので、今回造成している場所よりさらに北(すぐの写真)に当たるように思われます。ならばこのたびは大丈夫なのでしょうか。周辺からは須恵器なども出土していたようですが、そのあたり、いったい今回はどのように検証したのでしょうか。

近年の市政はまだ開発主体の姿勢を続けているように思います。震災後は大きな邸宅にかわってどんどんマンションが建ち、流入する人口が増えたため、小学校が満杯になった地区もあり、おかげで大規模マンションの建築が減ってちょっとほっとしています。いま考えると人口が少なかった頃の夙川は一戸建てか低層のビルばかりで、飲食店も殆どなく不便でしたが、車も少なく今よりも静かで、夏は風が涼しく、住みやすい町でした。
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by shukugawans | 2012-05-13 18:51 | 西宮のこと
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